大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和24年(う)486号 判決 1950年9月30日

被告人

山本茂

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人鈴木義男の控訴趣意第一点について。

しかしながら刑事訴訟法第三百十九條第二項にいわゆる被告人の中には、所論のように当該事件の被告人のみならず、他の被告人をも包含するものと解するを相当とするが、しかしその被告人というのは共犯者として起訴せられ、しかも共同被告人たる地位を有する被告人のみを指すのであつて、たとえ共犯者ではあつても別個の手続によつて起訴せられ、現に別個の手続により審判を受けている被告人はこれを含まず、かつこの理はかかる共犯者が共同被告人として起訴せられず、別個の手続において起訴せられた事情の如何にかかわらず、異るところはないものと解すべきところ、今本件において折重薰造は、被告人と共犯の関係あるものとされながら、被告人とは別個の手続において起訴せられ、現に別個の手続で審理を受けているものであるから、同條項にいわゆる被告人には該当せず、原審公判廷において証人として尋問を受けてした供述は証言であつて、前記條項にいう被告人の供述ではないといわねばならぬ。されば、原判決が証拠として原審における折重薰造の証言をもつて、刑事訴訟法第三百十九條第二項にいわゆる被告人の自白にあたるとなす論旨はすでに、この点において誤つているのであつて、この誤まれる前提に立つてその上にこれを被告人の唯一の自白なりとし補強証拠の有無を論ずるがごときは、そもそも意味をなさぬものといわねばならぬ。論旨は理由がない。

(弁護人鈴木義男の控訴趣意)

第一点 原判決は被告人山本茂は昭和二十一年十一月頃会社所有燐酸コデイン二五瓦入瓶三十数本、燐酸コデイン五瓦入瓶約十二本燐酸ヒドロコデイン二五瓦入瓶約四本及び塩酸コカイン二五瓦入四〇本在中木箱一個を業務上保管する地位にありながら、不法に領得する目的で会社倉庫から搬出して領得し、その売捌を広島市舟入川口町医薬品販売業折重薰造に依頼し、同人と共謀の上同人の手により、昭和二十一年十一月頃より翌二十二年三月頃迄の間数回にわたり、広島市内外数ケ所において薬剤師岡田新一、折田茂平、医師藤巻直意外三名に対し販売したものと認定し、その証拠として右横領の事実については証人山岡洋並びに折重薰造の証言により、販売の事実については同じく証人折重薰造、吉和俊明、山崎斌、万谷一義、西野利夫の各証言を綜合して認定している。

被告人が終始一貫して横領の犯意を否認し、当時の上司常務取締役折重将一の指示にもとづき倉庫より搬出せしめ、これを将一の息子薰造に引渡したものであると弁明していることは、記録上明瞭なことである。しかして横領の事実を証するものとして、その証言を援用した山岡洋は倉庫係として、上司たる被告人の命により倉庫より木箱を取出し、これを薰造の使者吉和俊明等に交付しただけであつて、被告人の意思を証明し得る立場にはないのである。また被告人が薰造をして、該麻薬を販売せしめたという事実を立証するものとして、その証言を援用している吉和俊明、山崎斌、万谷一義、西野利夫等はいずれも折重薰造の依頼を受けて運搬または販売に当つたというだけであつて、薰造と被告人との意思関係を認識し、従つてこれを証明し得べき地位にはないものである。果してしからば横領並びに販売につき多少とも被告人に直接したる者として、その証言を援用し得べき者は折重薫造だけといわなければならない。しかるに折重薫造は、その主張に徴すれば被告人の主張と完全に正面衝突するものであり、検察官の主張は、被告人と共同正犯の立場に立つものである。本件は即ち本来共同正犯の地位にある者の供述が唯一の証拠とせられる場合である。元来共犯の事件は同一法廷において合一に審判さるべきものであつて、検察官が糾弾の便宜上分離して別個の法廷に訴追し、その者の供述を証言として利用する如きは刑事裁判の正道を行くものとは言いがたいのであるが、その事自身は刑事訴訟法上必しも違法ということはできないとするも、元来共犯者の自白たるべき供述を証人の証言として利用し、しかもこれを唯一の証拠として断罪することは明かに刑事訴訟法第三百十九條第二項の趣旨に反する違法のものである。憲法第三十八條は承認の強要を禁じ、不利益なる自白を唯一の証拠として断罪さるべからざることを厳粛に宣言している。刑事訴訟法第三百十九條はこれを受けて詳細に規定したものであるが、ここにいう自白には共犯者の自白をも含むことは明かである。(同説団藤重光著新刑事訴訟法綱要一五四頁)本件における如く形式上証人の証言として利用するも、実質上共犯者の自白たることは明かである。しかして本件は正にこの共犯者の自白のみが唯一の証拠たる場合に該当するのである。山岡等の証言が補強証拠たり得るかというに、山岡の関与したことは被告人の命により倉出しをしたという事実だけであつて、横領の犯意の如きは単に彼の推測に過ぎない。販売についての吉和、山崎の関与したところも、薫造の命によつて販売に従事した点だけであつて、被告人との関係については単なる想像に過ぎないのであつて、之も補強性を有するものではない。況んや補強証拠といい得るためにはその罪体の全部について存在することを要するのは勿論であつて、その一部について想像を逞しくするが如きをもつては足らないのである。しからば原判決は刑事訴訟法第三百十九條の採証の法則に反して採証して有罪を断じた違法があるものであつて、破毀せらるべきものと信ずる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例